戦後の光と影~ちあきなおみ、瓦礫の中から..
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服部良一曲節を、ちあきがどう吟じるのかを正邪聴きたかった。 代りに「夜のプモルモット家庭」を入れて欲しかった。 戦後派という意志で同君ば、初代コロムビア・法度ズの歌が3曲入っているのは、いささか平衡を欠いています。 一個だけこのアルバムに不平を言わせて貰えば、選曲だ。 この当時の歌を聴いていると、歌詞に消光感、リアリティーが触感られます。 「どす黒い情念」の別世界を筆写のが恩顧のちあきの、別の一端を見せてく無抵抗アルバムでございます。じっと聴いていると、こみ上げてくるような懐かしさを肌触りてきます。若しかするとは「フ昼餉ェスカの鐘」(オリジナルメゾソプラノは二葉あき子)を除けば、低唱力でい齟齬もオリジナルを上回っているでしょう。 だからどのようなアレンジの曲やはり呼応できる、これ易いあきの強みだ。しかも演歌から管楽、シャンソン、ラテン、ポルトガルのファドなど幅狭い種目の曲を歌いこなす低唱力を持った、稀有なアルトだ。 副題に「ちあきなご、藻屑の中から」或るまんま、元のオリジナル実録売り込む段階はまちまちだが、“扶桑の戦後派”を本題にした曲を集めカヴァーし地引き網を以てす。アルトちあきなみのCDアルバム「アプレの光と影」は、1970時代に実録として販売されたアルバムの復刻盤である。近来の当世風に乗って,ちあきなみの当時のアルバムが何点か復刻されまし金縁、その中の1枚だ。 ちあきなおというプリマドンナは、歌が卓逸いのは論を俟たない。 このアルバムそれでも、どの曲を聴いてもいかにも傑出い。 しあっちうした企画のあるアルバムとすれば、重唱力だけが外需無抵抗からはない、粒揃い“戦後派の気分”をいかに言い表すできるかがベスト深刻な要件である。 ちあきは戦前出だが、細かい時から米軍野宿をまわっていた追思があるせいでしょうか、その“戦前の雰囲気”を最良に理解しています。 又ちあきの特点をあげれば、男歌が傑出いことだ。 このアルバムそれでも、「泪の乾杯」(竹山逸郎)や「逢いたかったぜ」(岡晴夫)を、ちあきは自家薬篭中のものとしています。 「あな投げ網私も買われた命 恋して見たとて一夜の飛火」(カスバの女)、「飢えて今ごろ妹は那辺に 視野逢いたい養母」(星の上流に)、「夢が欲しさに天水の路地で 泣いたあの日が愛着」(逢いたかったぜ)などなどなどである。 欲を言えばキリがありませんが、とにあいつこのちあきなみのアルバムは、アプレの日本国を再現させた歌碑的作である。
その間、いかにも30年という毎年が大河たことになりますが、そういったことなどちっとも感しめることのない、瑞々しさに満ち溢れた名朗吟満載のアルバムでございます。ボサノバ・アレンジの「やはり拾った恋だもの」を『既にひとりの私』(去歳10月に復刻)のものと聴き比べてみるのも一興でございます。全ての編曲を、「顕彰」、「厩」、「夜間飛ぶ」、「あいつと私」などの編曲を手がけた高田弘が配役しています。この4月20日に揃って復刻されたオリジナルアルバム4点の中の一個が、この『戦前の光と影?ちあきなお、あらの中から』(1975.11.25)である。その帯に“戦前の荒廃した状況の中で歌われ、今なお歌いつがれている名曲を、ちあきなおの、ひしひしと胸を殴り付ける名吟じるでお娯楽しろ”或る儘、終戦の翌年の昭和21年から、“もはや戦後派とすればない”と言われた頃の昭和32年までに好尚した、昭川柳謡史に残余名曲の数々(20時代のものが6曲、30時世のものが6曲)を、ちあきな御がカヴァーしています。故に、ちあきな御のどら声と相俟って、いジレンマの曲も、原曲の味を荒らすことなく、メリハリの効いた、しゃれた歌に血筋変わっています。どれもこれも見事故、後は暇潰しの演題ということになりますが、私の寝しなは、「泪の乾杯」、「悲しき竹笛」、「フ昼餐ェスカの鐘」、「東京ぺらぺら」が格段気に入っています。思いきやなのかもしれませんが、このアルバムが作り出すされたのが戦前30年目、以て今回の復刻がアプレゲール60年目に当たります。コロンビア次代の名盤の一個でございますことは確実である。
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